てめえの欺瞞を暴いてやる/映画『ジョーカー』感想

※ネタバレあり

 

なんかよくわからんけど、観終わって映画館を出るときステップを踏みたくなった。両手を広げて階段をルンタルンタルンと軽やかに降りていきたいような気分。

救われないようで、救われる気もするような。復讐を果たして、自由になれたからだろうか。それが正しいかは疑問だけれど、「よかったね」と言いたくなったことは否定できない。いや全然よくなんかないんだけど。リミッターぶっ壊れちゃったんだから。

狂気の人が覚醒したのか、普通の人が狂気の人になったのか。素質のある人が才能を開花させたって感じだろうかね。裏切られたり虐げられたりすることがなかったら、アーサーは平凡な人間のまま、穏やかな気持ちで生きていたんでしょう。だって、母親に対して献身的で優しかったじゃない。ねぇ? たとえドロッとした感情を燻らせていたとしてもさ。

母親が言ってたことはやっぱり狂言だったんだよね? 全部が全部じゃないのかなって思いながら観てたんだけど。ウェイン氏が「キチガイ女」って言ってた通りだったのか……。アーサーを虐待した父親はどうなったんだろね。そのあたりの話が出てくるのかなと思ったけど、詳しい描写はなかった。『ダークナイト』でジョーカーが言ってた話が印象に残ってて、その辺り描かれてるかなと思ったんだけど。まぁこの証言も定まらなくてよくわからんのよね。この周辺のシーンを観ながら、連日ニュースで報じられる目黒女児虐待死事件(結愛ちゃんが亡くなった事件)を思い出した。それぞれの内実はわからないし、並べることは不適切だけれど、虐げられた人間がどのようであったかという事実は、もう、何というか言葉がない。

バッドマンの宿敵であるジョーカーと、今作のアーサーは別ものとして扱った方がいいよなとは思う。やっぱりアーサーには狂気が足りなさすぎるし、ヒースジョーカーの過去が今作の感じだと生ぬるすぎる。どうやったってアーサーがあのジョーカーにはならないでしょ。TVショーで司会者を惨殺して踊るってのは確かに狂ってるとしか言いようがないんだけど。まぁ、あのあと紆余曲折あって、完全にイカれちゃったって話もありかもしれないか。

ともあれ、踏みつけられて軽んじられてきた人間がヒャッハーしたというのはエンタメ物語としてはイケてると言わざるを得ない。畏怖の念、威圧されておそれおののきながらも、正直ちょっと応援しちゃってる自分がいる。それは自分が、上流階級の人間ではなく、底辺寄り人間だからだと思う。日常で口することはしないけど。というかフィクションに現実を重ねられちゃう今のこの状況が悲しいよね。

どんなに抗っても『ダークナイト』のジョーカーに惹かれてしまうのは、なんだかんだで彼が人間だからなんだろうな。「悪のカリスマ」って、「悪」と判断しているのは誰なんだ、誰の基準なんだって問うたら、言葉が出てこなくない? 本当の悪なんてわからないんだよ。せいぜい自分にとっての悪はこれって言えるくらいで。

私は、人を傷つけたり自由を侵害したりすることが悪いことだと思う。だからその点については、ジョーカーは悪い。じゃあ、尊厳を傷つけられ虐げられてきた人間が狂っちゃって暴走した場合はどうなの? 別の例を挙げよう。たとえば統合失調症の人が幻覚を見て暴れて、結果として多くの人を惨殺してしまったとしたら、それは病気のせい? それともその人のせい? どう裁く? 当然罪は償わなくてはいけないんだけれど、どれくらい悪いのかなんて判断できない。そうだ、『<わたし>はどこにあるのか:ガザニガ脳科学講義』を読まなくちゃ。

どっかの誰かも言ってたじゃないか、「しあわせはいつも自分のこころがきめる」って。全部主観なんだ。自分の立場、観点に基づいて考えることしかできないんだ。人間なんて勝手なもんだよな。私もほんと勝手なもんだよ。だからだよね、全員死ねって思うもん。自分も含めて全員。これから反出生主義が流行るかもしれんね、ってそんな予感がしてる。すでに流行ってるのかな。これも日常では口に出さない。

自分はヒース・レジャー演じるジョーカーが大好きで、その流れから今回『ジョーカー』を観たんだけど、期待が裏切られることはなかった。よかったです。ってバッドマン詳しく知らないにわか状態で偉そうなことは言えんのだけど。ほんでも、おでこのシワとか、ずんずん歩いて行くときの背中とか、ピューだばだば~って逃げる姿(ちと印象違うか)とか、ヒースジョーカーと重なったもんね。あージョーカーだぁ! って嬉しくなった。タバコをスパスパ吸ってるところは人間って感じで、それもまた味わい深かった。まだアーサーみが残ってるな、狂いきってないな、これからだな、と。

隣人の女性とのやり取りが妄想だったってのは最初わからなくて、おかしい、変だとは思いつつ、唯一の救いだよね……って心を緩めてたんだけど、苦境により作り上げられた妄想なのかと思ったらもう……それ、悲しすぎるでしょ。つらい、つらいよ、痛い、苦しいよ……。と同情しつつも、これ、女性側の立場で考えるとひたすら怖い。帰宅したらよく知らん男がソファに座ってたとか……ホラーだわ。

私自身、自分の欺瞞にウンザリすることが多いから、ジョーカーを応援しちゃう気持ちもあるし、身につまされてごめんなさいって気持ちにもなる。もちろん人を殺すな悪魔めとも思うんだけども。

つか、いちアメコミキャラにここまで入れ込んじゃうってすごいことだよね。なーんかわからんけど、クソみたいな世界をありのまま描いてて「みんな悪い」って思えるから、この映画いいなって思った。キラキラした世界より、残酷な世界の方が納得感があるよね。

久しぶりに映画館で観たから、すっっっごい疲れた。そんでもって鑑賞後、ショッピングセンターのユニクロ前で、ジョーカーのコスプレしたおじさんを目撃した。かなり本格的だった。

良い鑑賞体験であった。